114杯目 「おばあちゃんは悪気が無い。」

悪意の無い間違い。これは世の中で一番恐ろしい事である。

太陽と虎の事務所の隣に駄菓子の卸屋さんがある。
ここは推定70歳の本当に人の良い、腰がほぼ鋭角に曲がったおばあちゃんが1人で切り盛りしており、60年以上営業しているという老舗である。

正直控えめに伝えても大至急ガンガン入歯のおばあちゃんなので何を喋っているか3割ぐらいしか解らない。
でもいつも優しい大好きなおばあちゃん。

そんな先日、太陽と虎にやってきたイベンターさんがこの卸屋を発見し、思いつきで駄菓子をイベントで売る事にした。
そして段ボール3箱にも及ぶ駄菓子を購入。総額37504円。
駄菓子でこの金額はもはや業者。
おばあちゃんは“こっちビューでは象形文字に見える数字”を裏紙に走らせ素早く計算してくれた。
そして重い段ボールを車まで運ぶ。
しかし車まで運ぶ道中、37504円という金額に疑問を抱く様になる。

「なんか、ちょっと高くないすか?」

勇気を出して発言した松原の言葉に皆は反応する。

うまい棒1箱、ガムの箱4ケース、ベビーラーメン2ケースなど体感で感じる金額よりちょっと高い気がする。
しかし再度金額を確認するのはおばあちゃんを疑っているようで気が引ける…。
悩んだ我々は再度駄菓子屋に赴き、追加でお菓子を買いながら1つ1つ金額を聞き出す作戦に出る。

「おばあちゃん、これなんぼやっけ?」
「これは2000円や」

これぐらいのセンテンスであれば何とか聞き取れ、松原はこっそりメモをしていく。
そして3000円分ぐらいの駄菓子を追加で購入し、車に戻る。
聞き出した金額を元に総額を計算するとなんと31530円では無いか!
ここから我々の感情は葛藤の方向へと走り出していた。
葛藤に長い時間滞在し、そのままある決断をする。

「やっぱ、これは言いに行かない?」

この言葉を出す勇敢さは百年戦争で活躍したジャンヌダルクに匹敵する。

おばあちゃんは悪気が無い。
それは分かっている。

でも…5000円の差額はちょっとデカ過ぎるよねぇ~…。

という事でまた車から再び段ボールを持って駄菓子屋に向かう。

「おばあちゃんゴメン。さっき聞いた金額でちょっと売値決める為にね、たまたま計算したら…その、ちょっと支払った37504円より安かったから… なんか計算間違ったかな~と思って…」

細心の注意を払いおばあちゃんに再計算をお願いする。
もちろんおばあちゃんが傷つかないように笑顔を表情に塗りたくる。

「わたしはそんなまだボケてないよ~」

おばあちゃんの自虐的ツッコミは僕の心を締め付ける。
しかし再度計算をし直すと31930円。

なんでまた新しい金額出てくるねーん。

詳しく調べるとさっき聞いた金額と違う商品が続出。
おばあちゃんも伝えミスを認めず、こっちが聞き間違いだと言い張ってくる。

確かにそうかもしれない。

でも確率で言うとおばあちゃんの言い間違いが高くない?
そんな言葉を飲み込みつつ、駄菓子屋の中は沈黙が続く。
計算ミスを認めないおばあちゃん。
お金を返してもらいたい我々。
いや、もはやお金は返してもらわなくても良いのでスッキリだけしたい我々。

「ほんまに買った商品、全部持ってきてくれた?」

遂に我々は疑われてしまう。

「いや、全部ですよ!」
おばあちゃんはもう6回目の再計算をし始める。
そしてまた生まれた沈黙のあと渋々差額の5574円をポケットから取り出しテーブルの上に置く。

気まずい空気が流れる。

お金をすぐ回収するのもやらしいので段ボールを先に片付け、そしてようやくお金を受け取ろうと
テーブルに目をやると何気なくその5千円札をポケットにしまうおばあちゃん。

テーブルに残された574円。

そして松原の目には5千円札の代わりに悪意が置かれた様に見えた。

-2014/05/31 update-