115杯目 「ぼくのお尻」

ライブハウスを生業としている松原は中々朝の通勤ラッシュに乗る事は少ない。
しかし先日とある学校の新入生ガイダンスをするために通勤ラッシュの電車に乗り、大阪に向かう事となった。
眠気と戦いながら神戸駅から電車に乗り込みギュウギュウの車内でストレスを分泌させまくっていた。
生徒のみなさんの前で喋るという事で小奇麗な服装に身を包み余計にストレスを増長させる。
そんな苦痛を感じている松原に突然!
…長い人生でも経験した事の無いとんでもない感触が襲ってきた。

一瞬何が起こったのか理解出来ない…

その感触はお尻から遠い回り道をして脳細胞に辿り着く。

「ムギュ。むにゅむにゅ」

…程よく熱い車内で寒気が走る。

ま、まさか。

…間違いない。

いま、松原は…お尻を触られている。

何度も感覚を司る器官に確認したのだから間違いない。
絶対にお尻を触られている。

ほら、今も。

まだ「むにゅむにゅ」されている。

通常は営業時間外の脳もこの感触がミントの様に効いて眠気は冷め、
大慌てで“何故自分のお尻が触られているのか”分析を始める。

これは「痴漢」だ。

痴漢ニ今、ボクハアッテイル。

絶対痴漢だ。
脳と松原は緊急会議を始める。

「まじどうしよ。」
「めっちゃ気持ち悪いな。」
「痴漢です!って叫べば?」
「いや、それ恥ずない?だって“お前、男やん!”って思われて、それから大阪駅まで車内でどうすんの?」
「んでおっさん捕まえたらええやん。」
「あほ!次の駅までそのおっさん捕まえとかなあかんの?イヤやわ!」
「はぁ?ほなどーすんねん!ええから叫べって!」
「いやや!お前が叫べよ!」
「ちょw俺、脳やで。無理やわ」

議論は平行線をたどる。

「とりあえず誰が触ってるか、見ようよ。」
「そやな。」

ようやく次の動きが決まりゆっくりこの感触を生み出す先を横目で確認してみる。

やっぱりごっつおっさんである。

「お前、髪長いし綺麗目なかっこしてるから女と間違えられんねん!」
「今はそんな事よりこれをどうするねん!」

松原と脳はまた議論を重ねる。

「ってかどう料理したらコレ、オモシロくなるやろな?」
「やっぱ男ってバラしてから捕まえるのが面白いんちゃう。」
「そやな!とりあえず今、叫んでもハズいから大阪駅着く寸前で叫んで男ってバラして捕まえようや!」
「おっさん、どんな顔するやろなw」
「楽しみやな!」
「でも…あと5分ぐらいずっとこの感触が俺の所に来るん辛いわ~」
「我慢せーって!俺もお前から伝わってきてるから同じやねんで!」

遂に答えが見つかりこの最悪の感触と戦う覚悟が出来た頃、電車は大阪駅の前にある「尼崎駅」に到着。
よしあと5分で大阪駅!
出口が見え始め、少し気持ちが楽になったその時!

例の苦痛がスっと消えた事に気付く…。

「あれ?」

瞬間的におっさんの方を振り向くとそのおっさんは何と!
「尼崎駅」で電車を降りていくではないか!!

慌てて松原は、おっさんの後ろ姿に向かって叫んでしまう!

「ちょっと!お、おっさん!ち、痴漢っ!」

満員の車内の視線は一斉に松原に集まる!
しかしおっさんはもう電車を降りてしまう!
「追いかけなければ!」
松原は慌てておっさんを追いかけようとするが満員電車で身動きが取り辛く、しかも大事な事に気が付く…
ここで降りたらガイダンスに遅刻する…。
オモシロを取るか仕事を取るか…。
究極の選択に悩んでいる間に電車の扉は閉まっていく…。
そしてこの車内にはいきなり「おっさん!痴漢!」と叫んだ34歳のロン毛が残される。
周囲はどう思っているのだろう。
「僕が痴漢に合ったんです。」と叫ぶのもおかしいし、
大阪駅までどういう感情で過ごせばいいのか。
さ、最悪やぁぁあ!お願いです!

誰かボクの尻ぬぐいしてください。

-2014/05/31 update-