126杯目 「5速違い」

日本という国は世界と比較しても交通事故は少なく、先進諸国の中で上位にランクされるほど安全な国である。
しかしそれでも年間で6万件の交通事故が発生している。そんな状況の中、松原が育った町の教習所は安全に関してかなり徹底した教育がされている。
とくに松原が感心したのは学科授業が始まると教官が挨拶と共に「安全5則!」と叫ぶのだ。
するとその声に反応して教室にいる全員で「1、シートベルト」と叫び、シートベルトを締めるジェスチャーをする。続いて、「2、ミラー確認!」と叫び、サイドミラーとフロントミラーを目視する動きをする。

という風に車の安全運転に対する5つのアクションを声と共に体に沁みこませるという素晴らしい教えがあるのだ。

現に松原もパブロフの犬ばりに条件反射で体が勝手にシートベルトの動きをしてしまう程、毎回毎回必ず授業の最初にこのアクションを行うのだ。
素晴らしい教習所と街の中でも評判で、事故率もこの学校の卒業生は少ないと予想出来る程である。
そんな教習所に通っていた20歳の松原は、最後の仮免試験の「高速道路」に挑戦をする事になった。
これに合格すれば晴れて仮免許。教習所での最後の試練である。
運転免許を取得されている方はご存じの通り、この高速道路の実践は大体2人組で行うパターンが多い。
松原ももちろんペアになる訳だが、その相手というのがこのコラムにも登場する事が多い「O島くん」である。(過去コラム9杯目など参照)

相当天然で有名な彼とのペアで非常に不安であったが教官がもちろん一緒なので、安心していた。まず最初に彼の運転で高速道路に挑戦となる。

助手席には教官、後部座席には松原、そしてもちろん運転席にはO島くん。軽く手が震え、緊張した顔で高速道路に車が踏み込んでいく。
何とか流れに乗り、順調に高速道路を進んでいたその時!
目の前に走っていたダンプカーのタイヤが急にバーストしたのである!

これには全員が驚き、目の前のダンプカーはハザードを焚いてスピードを落としていく。

しっかりと距離を取っていたので幸い、追突する事は無く左車線から目の前のダンプカーを避けようと右車線に車線変更するO島君。
しかし悲劇はここからである。
案の定、テンパっている彼は右車線をしっかり確認せずに、目の前のダンプから避ける事だけを考えて、右車線に入ろうとした瞬間!丁度そこは右車線から高速に入るインターチェンジがあったのだ!
そしてO島君が右車線に入った瞬間に後ろから車が勢いよく侵入してきたのである!!これは追突する!!!
我々は焦って叫ぶ!「危ない!後ろ!」

しかしO島君は先ほどのダンプカーのバーストでもう完全にパニクった状態なのだ!

我々が叫べば叫ぶ程、混乱は加速していく。

しかし後ろから車が車線に入ってくる!教官は叫ぶ!

「O島!速度を上げろ!」

しかし彼は意味が解っていない。

松原は覚悟する。
これは衝突すると…。しかし教官は助手席から再度叫ぶ!
「O島!速度を上げろ!速度だ!」
「先生どうしたらいいですかぁぁぁ」
泣き出すO島に教官が大声で指示を出す。

「ギアをあげろ!」

「え??」

「だから5速だ!5速!!!」

その瞬間…。

誰が想像出来たであろう。

「5速」という言葉にO島君は体が反応してしまい、
「1、シートベルト!」と叫んでハンドルを握る手を離し、
シートベルトを締めるジェスチャーを行ったのである。

そう、「5速」を「安全5則」と間違えて。日本は完全なる車社会。

安全運転、無事故は永遠の課題。
そんな思いを持つ我が教習所から今日もまた1件、交通事故が発生してしまった。

しかも「安全5則」が原因で…。

-2015/08/02 update-