142杯目「アル中じゃ無いというプライド」
今から約12年前の2006年ごろ。松原は酒気帯び運転で捕まり運転免許を失った。言い訳にはなるがその頃は飲酒運転がそこまで悪いとされていない時代だった。
そして運転免許が無くなるが、意外と困らないことに気がつく。なんなら車の維持費を考えると経済的にもプラスになった。
なのでもう車には二度と乗ることは無いと思い、今まで残りの人生を費やしてきた。
しかしここ最近病院への通院が増え、諸々の理由で運転免許が必要になり、遂に再取得への道を進むことにしたのだ。
しかし飲酒運転という重罪を起こした者に与えられた過酷な試練がいくつもある。
その1つである『取消処分者講習』と言う飲酒運転を犯した交通犯罪者の為の講習。
2日間のこのミッションを経て、初めて一般の身分へと昇格出来るのだ。
松原ももちろん例外なくその講習へと向かうことになる。
人里離れた辺鄙な場所に聳える教習所。そこには松原含めて6名の交通犯罪者がいた。そしてそこにいる5名はどうも様子がおかしい。推定50〜60歳ぐらいのおじさんたちで見た目は歯が無い人や、常に手が震えている人など、これは主観もあるが、みなさん間違いなくアル中なご様子である。
それもそうである。
松原が言えた義理では無いが、今のこの時代に飲酒運転をするという事は相当な状況に立たされないとあり得ないし、周囲も絶対に止めるはず。
その目をすり抜けて飲酒するというのは、そういう事なのである。
そして席に着くなり、朝からいきなり整列させられて順々に変な機械に息を吹きかけて飲酒チェックが始まる。
いやいやっw、朝から誰も飲んでこーへんやろ!
腹の底から教官に突っ込みそうになる。
しかしまさかの1名はアルコール反応で脱落。
まじで言ってるんの?
耳を疑う事実。こ、こいつ何しに来てんねーん!
なんなん。ここ、バトルロワイヤルなん?ばり怖い。。
いきなるとんでも事件を経て、始まった講習。
最初の作業はA4の紙に余す事なく中が空白の四角が書かれていて、制限時間内にこの四角の中に三角を書くと言うもの。
…さすがにプライドがズタズタになる。
そんな恐ろしい講習が朝9時から18時まで行われる。
そして帰る時に日記みたいなのが渡されて今から一か月間、1日の酒の飲む量を決めて毎日自分が飲んだお酒の量を記入してくるように指示される。しかも自分で決めた量を超えた時はこれから飲まない為にはどうしたらいいかみたいな事も書かなくてはいけない。
一か月後、2回目の講習の日がやってくる。
ちょっとだけあの人たちに会うのが楽しみで教室に入ると何か教室が寂しい。
それもそうである。
3人しか居ないのだ!
チャイムがなり、教官が入ってきて「2名は消息不明なのでこの4名で講習を始める」という欠席理由不明の恐ろしい説明からサラっと講習が始まる。
一体終わるまでに何名が脱落するのか。
まじでバトルロワイヤル。
そして日記の発表が始まり、全員が目標の飲酒量を超えたという結果。
しかも松原を笑かしにかかっているのか、飲まない為にどうするかの発表では「お酒を見ない」「お金を持って外に出ない」などとんでもない改善策が飛び交う。
もうここに居る事が怖くなってくる。
だが耐えるしか無い。
心の救いはこいつらと違って、自分だけはアル中では無いという事実だけ。これが壊れたらもう自分が自分で居られなくなる。
そして遂に最後の時間。
配られた用紙を見ると該当する項目にチェックをするだけの簡単なアンケート。
全員が終えた事を確認して、教官からの説明が始まる。
「こちらはアルコール中毒を調べるアンケートです。チェックの入った数が点数となるので発表してください。」
「17点です。」
「9点でした!」
「5点やわ。」
次々と発表される点数を聞いて教官は笑顔で答える。
「このポイントは20点を超えるとアル中の恐れがあるからね。○○さんの17点は危険ですよ〜」
一同笑いに包まれる。
「で、松原さんは何点でした?」
「僕は...な、7点です。」
笑顔を引きつらせながら33点の答案をそっと裏向けて答えた。
-2018/05/21 update-