39杯目 「レーベルの名前」
いきなりですが、松原は2007年、車の運転免許書が無くなりました。
それは不便か不便で無いかの文脈で言えば大至急“不便”である。
これはグローブの無い硬式野球に匹敵するクラスである。
しかし自業自得の松原は以前のコラムで書いた通り、違反の連続で点数が無くなり、国に返却命令が下されました。
それはまるでエロビデを返すのを忘れていて、レンタル店の女性店員から
「松原裕さんですか?今月の18日にお借りになった“悶絶○○ナースの雄叫び”がまだ返却されていないようなのですが…」
と電話越しに告げられる様な残酷さだ。
そんな免許返却ですが、中々警察は考えていて、ラストチャンスを与えてくれる。
それは免許が無くなりますの通知と同時に聴聞会という“言い訳”を聞いてくれる集会を開いてくれるのだ。
そこで理由を説明すると極まれに情状酌量で免許取消しを免除してくれるというシステムらしい。これは素晴らしい。HEY YO。
言い訳や相手の懐に入り込むのが三度のメシより得意の松原としては大至急その聴聞会に向かう。
到着した兵庫県警の一室には50人余りの免許取消者が集っていて、驚く。
神戸市でこの数ヶ月に取消処分を喰らった人、こんなにいるの?!ビックリ!
この確率は例えるなら、小学生のクラスに“一人称が「オラ」or「オイラ」”がいる確率と同じぐらい。もしくは“修学旅行で好きな人を絶対言わない奴”のパーセンテージと同じぐらいだと感じる程、多い。
そんな事を考えている間に始まった当イベント。
驚きのスケジュールはなんと50人余りの人間を一室に集め、一番前に座っている審査員みたいな奴に一人ずつ名前を呼ばれて、みんなの前で免許証が失くなったら困る理由を説明をするというシステムなのだ。
丁度真ん中ぐらいの席の松原は好都合と判断し、前までの人間の理由などを分析し、より審査員の心に響くワードをロジカルにチョイスして紡ぎ集める事にする。
様々な処分者の言い訳がその緊張した会場の沈黙を満たしていく。
そして遂に松原の出番がやって来る。
今までのヒアリングした経験を生かし、車の免許が無くなる事によって病気の母の通院(うそ)や子供の保育園の送り迎えの困難さをアピールし、相当いい感触で警官の心を捕らえる。
勝利の女神とアイコンタクトをした松原は誇らしげに説明を終えると、警察官から「事情は解りました。とりあえず今、持っている免許書を一度お預かりしますので提出いただけますか?」と声をかけられる。
財布から運転免許証を取り出して机の上にそっと置くや否や、さっきまで穏やかな表情だった警察官が山の天候ごとく怒りの表情へと瞬間的に変化する。
「コレァ!!お前これなんやっ!何を考えてんのや!」
会場で、うたた寝している処分者も一斉に視点を松原の背中に合わせる。
「お前!免許書破けて燃やしてるやないか!」
そうなのである。
松原は先日、酔っ払ったニューロティカというバンドのドラム・ナボさんに「どうせ失くなるんだからいいじゃん!」という無茶苦茶な理由で破かれた上にライターで炙られていたのだ…
「どういう事や!これはな!国から借りているもんなんや!免許証はお前のものじゃない!それを破いて燃やすなんて言語道断!」
剣呑を感じた松原は急いで言い訳をするがもちろん聞く耳持たず。
しぶしぶ席に戻った松原を取り囲むのは周囲の哀れむ視線。
「あの人、免許証、燃やしてるねんて。あほちゃう」
誰かの一言が静寂の会場にポツリと落とされ、その波紋は皆のクスクス笑いとして広がっていく。
無常にも残り20人程の処分者の言い訳をその席で聞きながら、時折挟まれる
「お前の免許は燃やされて無いから綺麗やな」
という国家公務員の発言とは思えない皮肉に心をえぐられる。
そんな落ち込んでいる松原を隣に座っているおじさんが励ましてくれる。「また免許取ればいいから。落ち込まないでね。」
優しい言葉に打ち解け、「一緒に教習所に行きましょう」というぐらい親密になる。当然、連絡先を交換する事になり、松原は携帯番号が書かれた自分の名刺を差し出す。
すると、おじさんは爆笑。
周囲も警察官もおじさんに視線が注がれる。
「うるさいぞ!どうした、そこ?」警察官が注意するが、まだケタケタ笑いながら松原の名刺を指差す。
何故笑っているか意味がわからないが、
改めて名刺を見るとそこに書かれているのは
「NO LICENSE RECORDS 代表 松原 裕」
松原は文字通りとなったのだ。
-2007/09/05 update-