89杯目「神の伝説」

学生のころマックでアルバイトしてたときの事。
松原はドライブスルー担当で、その日は日曜。

次から次へとやってくる客の対応に追われ、目の回る忙しさだった。
あまりの忙しさにあせってしまって、

「いらっしゃいませコンニチハ。マイクに向かってご注文をどうぞ!」

って言うとこを、

「いらっしゃいませコンニチハ。マイクに向かってコンニチハ!!」say。

全身から汗がふきでた。
モニターの向こうのドライバーも、

「こ、こんにちは…」
とか言ってるし…

それ以来、客でドライブスルーに行ってもトラウマが蘇り、上手く注文をする事が出来ない。
誰しもが抱えるアルバイト時代の悪しき思い出はユーカリを登るコアラの様に強くしがみついてくる。

もう1つ松原を苦しめる思い出。

それはダイエー○○店で行っていたアルバイトの時。
2年ぐらい働き、マネージャーにも気に入られていてアルバイトなのに発注まで任されるクラスに昇格。
発注と言ってもストックのない商品をチェックして発注するレベルだったが、
それでもやはりやりがいを感じ、高校2年の冬休みは全てダイエーのアルバイトに費やした程だ。

そんな矢先に重大なミスを起こす。

明日から特売予定のネピアトイレットペーパーの在庫が少なくなっていた。

もちろんいち早くそれに気づいた松原は普段は20個ぐらいの発注なのだが
特売という事もあって100個発注する事にした。

しかし!

前日夜更かしをしてしまい睡魔と綱引き状態だった松原はうっかりなんと!
間違って1000個発注してしまう。

翌日、ストックに届く、見た事の無い数のトイレットペーパー。
背筋が凍る。マネージャーも驚愕。
しかし今日はたまたまフロア主任が休みの日。
マネージャーが落ち込む松原を励ます。

「くよくよしてもしょうがないじゃないか!頑張って1000個売ろうよ!」

驚愕のボジティブシンキングであり、考えた事も無かった1000個のトイレットペーパー。
常識的に考えて、今日たまたまわが町の住民全てが快便だとは考え難い。
しかし売るしかないので必死に朝の開店から閉店までフルに働き(確かMAXで働く時間が定められていて、その時間からは時給の発生しない労働)奇跡の800個近いトイレットペーパーを販売した。
もちろんあの手、この手を使って販売した。最後は泣き落としもしまくった。
配送代は松原負担で交渉してケースで買ってくれた心優しいおばさんまで登場した。
この販売個数はダイエー史上記録した事の無い数字の様でマネージャーも大喜びしていた。
そして翌日フロア主任が出勤して来て、この数字を目にする。

驚きのあまりマネージャーに問い合わせる。

するとマネージャーは松原の為だと思い、
「この発注は松原が行ったんですが、彼は鋭い販売の嗅覚があるようです。まさか800個も販売するとは…」
と言い放ったのだ。

もちろん松原の株は上がり、次に売れる商品は何か?と聞かれるようになった。

「違うんです!間違えて発注したんです!」とは言えず、
主任に次の特売商品を選ぶ相談を受ける様になる。

それが何故かある程度当たってしまう。
というか最初の1000個の発注がミスだとバレるのが怖くて自分で決めた数の特売商品を必死に売り続けただけである。
しかしこの記録的な販売は嘘の上塗りの様に続き、遂に最初にトイレットペーパーを当てた事から松原は
ペーパーレジェンド(神の伝説)いうあだ名まで付くぐらいチヤホヤされる存在となる。

そしてその付けられたアダ名が文字通りアダとなる日がやってくる。
明日は遂に恐れていた例のネピアトイレットペーパーが特売商品。
発注数を聞かれ「300ぐらいですね!」と答えると主任が
「前回800売ったのに気が小さい事、言うなよ」とけしかけられる。

気の大きくなっていた神の子・松原は
「そうっすね!900はいけますね!」
と答えてしまう。

でもその時は売れる気がしたのだ。

しかし案の定、今日の我が町の住民は全員見事に便秘だった様で大量に売れ残り、
主任から大目玉を喰らう。

ストックに大量に積まれたいつぞやの光景。

トイレットペーパーなのに水に流してもらえなかったトラウマは今も便所に入る度、
フラッシュバックして松原を苦しめる…。

-2012/05/13 update-